スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | | スポンサー広告



父回想 2


何とか県外の救急病院に駆け付けた時は、父はICUの中でした。


たくさんのチューブに繋がれ、鼻と口は人工呼吸器に繋がれ、自発呼吸が戻っていないことが一目瞭然の状態。



兄夫婦から状況を聞きました。


ここ数日、少し動くと息が切れると父は話していて、義姉が病院への入院を勧めたところ、「正月明けに診察の予約を入れているから大丈夫」と答えたそうです。

大晦日は普通に家の掃除をし、真夜中に兄夫婦と年越しそばを食べました。
「おやすみ」と言葉を交わしたほんの数時間後、父は胸の痛みを訴え、救急車が到着したときにはすでに意識を失っていました。そのまま心肺停止状態に陥ったため、救急隊員がAED等で蘇生を試みたそうですが心拍が戻らず、医師の指示でそのまま救急病院へ搬送。

病院での蘇生措置にて心拍は戻ったそうですが、心肺停止の状態は約40分。おそらくこの間に脳にダメージが与えられたのでしょう。自発呼吸がどうしても戻らず、そのまま人工呼吸器を繋ぐことになりました。


病院でも色々と対処してくれたそうですが、数日後CTで脳を確認した結果「脳死」状態であると診断されました。



…ここで家族は決断を迫られます。
どこまで延命措置を望むのか。



父が生前、万が一のときの要望をあらかじめ義姉とダグパパに話していたことと、直筆のエンディングノートが残されていたことから、父の希望に沿うことにしました。



平日朝はほぼ毎日、仕事に出かける信歩と「おはようのあいさつ」をメールで交わしていた父。
ほんの数日前には、年賀状のことで電話を交わした父。



その父が死の淵にいるのです。



癌を患っていることを知ってからある程度は心の準備をしていましたが、この現実を受け入れるまでにやはり時間がかかりました。





ダグさん、父が倒れてからずっと信歩の側から離れません。

photo:04

信歩が別の部屋に移動すると、いつの間にかその部屋の片隅に伏せをしています。



家でお留守番してもらおうとすると、聞いたことがない哀しい悲鳴をあげて嫌がるのです。
季節が冬であること、ICUの面会時間が1日3回の指定時間帯のみで15分が限度でしたから、病院にお見舞いに行くときは車で待っててもらいました。


ダグさんと父は喧嘩友達でした。何かを感じていたのかもしれません。



スポンサーサイト

2013.01.23 | | 父の事



«  | ホーム |  »

カレンダー

12 | 2013/01 | 02
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

ランキング(こちらにもクリックお願いします)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。